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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)4177号 判決 1965年2月25日

原告 丸文商事株式会社 外一名

被告 神崎熊太郎

主文

被告は原告に対し大阪市浪速区霞町二丁目四番地上、木造瓦葺平家建店舗一戸(間口約二間、奥行約三間建坪約六坪)を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は担保を供することなく、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、大阪市浪速区霞町二丁目四番地上木造瓦葺平家建店舗一戸(間口約二間奥行約三間約六坪、以下本件家屋という)は、訴外池ケ谷米次郎の所有に属し、同人は昭和二八年二月一日右家屋を訴外巽末乃に対し賃料月額金一五、〇〇〇円、毎月末日払、期間の定めなしに賃貸し、賃借人において、右賃借権を無断譲渡し、又は転貸するなどの違反行為をするときは、催告を要しないで右の賃貸借契約を解除しうることを特約していた。

二、右賃貸借契約締結の直後、同年同月二五日、前記家屋所有者池ケ谷米次郎は原告に対し、賃借人巽が本件家屋を明渡したときは、これを原告に賃貸する旨の停止条件付賃貸借契約の予約をしたところ、巽は同年六月五日にいたり、本件店舗を明渡したうえ、これを被告に無断転貸又は賃借権を譲渡し、被告は所有者池ケ谷の承諾をうることなく無断使用している。これは明らかに前記一、記載の池ケ谷と巽間に締結した本件家屋の賃貸借契約に違反するものであり、被告の本件家屋の占有は所有者池ケ谷に対抗しえないものである。

三、以上の新しい現状の変更は右二、にのべた原告と所有者池ケ谷との間にした本件付家屋の停止条件賃貸借契約につき停止条件の成就をきたすものであり、原告は池ケ谷に対しただちに賃借人となりうる地位を取得したわけであるが、何故か所有者池ケ谷において被告に対しこれが占有使用の排除を求める措置に出でないので、原告は池ケ谷とした前掲予約上の権利保全の必要上右訴外人(池ケ谷)に代位し被告に対し本件家屋の明渡を求めるものである。

四、被告の抗弁に対し

(イ)  原告が池ケ谷とした予約上の権利にもとずき、権利者として代位権の行使に着手したのちは、この権利の行使と牴触する所有者池ケ谷のした行為は原告に対抗しえないものである。

(ロ)  仮りに被告主張のごとく、池ケ谷が被告から賃料を受領しているものとせば、これは明らかに、原告と池ケ谷との前記停止条件付賃貸借契約を結ぶべき予約上の権利行使をそのために喪失させようとの意図にほかならないものであり、所有者池ケ谷は民法第一三〇条に所謂故意に条件の成就を妨げたものに該当し、同訴外人の違背行為により、原告は池ケ谷との間にした本件家屋の停止条件付賃貸借契約につき条件の成就を池ケ谷に主張することができ、賃借人としての地位を所有者池ケ谷に取得したものというべきである。したがつてこれに反する被告の抗弁は理由がない。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、次のとおり答えた。

一、原告主張の事実のうち、本件家屋が訴外池ケ谷米次郎の所有であること、訴外巽が主張の日から本件家屋を賃借していたこと、および、被告が現在本件家屋を占有使用していることはいづれもこれを認める。池ケ谷と巽間に原告主張のごとき無断転貸等の特約の存在していたことは不知。

その他の原告主張の事実は否認する。

二、被告は所有者池ケ谷米次郎の承諾のもとに賃借人巽末乃から本件家屋の賃借権を含む営業権を譲受けその営業を引続いだものであり、本件家屋について第三者たる原告からとやかくいわれる筋合はなく正当権限にもとずき本件家屋を占有使用するものである。

三、仮りに、池ケ谷との間に原告主張のごとき本件家屋の停止条件付賃貸借契約についての予約が結ばれていたとしても、原告から積極的に所有者池ケ谷に向つて右予約完結の意思表示がなされていないから、原告には民法四二三条に定める代位訴権を行使しうる適格がない。

以上の次第であつて、原告の本訴請求は失当である。

証拠<省略>

理由

本件家屋が訴外池ケ谷米次郎の所有であり、これを昭和二八年二月一日訴外巽末乃に賃貸していたこと、被告が現在本件家屋に入居し、これを占有していることは、当事者間に争いがない。

そして成立に争のない甲第一号証、証人池ケ谷米次郎の証言、原告会社代表者本人尋問の結果と、これにより真正に成立したと認める甲第二号証、弁論の全趣旨を総合すると、池ケ谷米次郎は、所有の本件家屋を巽末乃に賃貸するさい、賃料支払の遅滞、無断改造築等の不法行為による契約解除と併行して、所有者(池ケ谷)に無断で第三者に本件家屋の賃借権を譲渡し又は転貸したときは、催告を要せずして、ただちに右の賃貸借契約を解除しうる旨の特約が付されていたこと、原告は右賃貸借契約成立の直後の昭和二八年二月二五日池ケ谷米次郎との間に将来(ただし賃貸借期限は契約成立の日から三年間)賃借人巽が本件家屋を明渡すときはそれが契約終了による明渡によるか、契約解除による明渡によるかを問わず本件家屋を右巽と同じ賃料で賃貸すべき旨の所謂停止条件付賃貸借契約の予約を締結していたところ、昭和二八年六月五日巽はその賃借権と共に営業権を被告に対し無断譲渡し、被告において爾来自己の名で本件家屋で営業している事実を認めることができる。

被告は池ケ谷の承諾の下に巽から本件家屋の賃借権と共にその営業権を譲受けたと主張し、乙第一号証をその立証の用に供するけれども、前掲証人池ケ谷の証言によれば、同訴外人は被告に対し正式に賃貸したことはなく、被告から一度賃料を持参したときも賃借人でない被告から受取るべき筋合のものではないとして、これが受領を拒み、昭和三一年三月頃まで賃借人巽の名における支払分として賃料を受領したものであることが確認されるので、右乙第一号証の存在はいまだ前認定を左右するに足る資料とはなしがたく、他に叙上の認定を動かすに足りる証拠はない。

また被告は予約完結の意思表示を所有者池ケ谷にしていない以上民法四二三条による代位訴権を行使することができないというが、予約上の権利といえども、一種の債権であることは自明の理であり、これが完結の意思を所有者池ケ谷に表示できる段階にきていることはさきに認定したとおりであるのみならず、所有者池ケ谷において所有権の明渡を欲しないとせば、原告との間にした停止条件付契約の成立を故意に妨げるものと認めざるをえないから、原告としては本訴で民法一三〇条により池ケ谷に対する条件成就の効果の発生を主張し、所有者に代位して不法占有者たる被告に対し本件家屋の明渡を求めうるものと解するのが相当である。したがつてこの点に関する被告の抗弁は採用しない。

以上認定のとおりとすれば原告は自己の権利保全のため所有者に代位して本件家屋の不法占有者たる被告に求めうべきであるから、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉実二)

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